Poco a Poco いずみたすく 「ふひー」 空気の悪かった本山先生の部屋を出てすぐ、僕は深呼吸をした。 もう 9月も終り。日中はまだまだ暑いが、夜はそろそろ秋の雰囲気 をただよわせてきている。 (うーん、なんか腹減ったなぁ…) そう思って時計を見て苦笑する。20時をまわったところだ。 夕方、研究の事で本山先生にちょっとだけ相談しに行ったところ、 なぜだか白熱した議論になって、こんな時間になってしまった。本山 先生も僕も、いちど熱が入ると時間を忘れて没頭しちゃうタチなので、 そうめずらしい話でもないのだが、やっぱ先生相手に本気で議論する と消耗する。今日はもう帰ろうかな…と考えつつ廊下を歩いてゆく。 居室のドアの前でもう一度深い息を吐いてから、ドアノブをひねる と明かりが廊下に漏れてくる。 (…おっと、まだ誰か人がいるみたいだ) 僕の居室は僕とB4学生だけしかいない。そして、僕がB4の頃と違い、 就職活動をする期間が長くなったためか、最近のB4はこの時期ではさ ほど本格的に卒研に入ってはいない。 (誰が残ってるのかなぁ) と、考えつつ、部屋の中に入ると、部屋の中で一人端末に向かって いた女の子--南方ひなが、くるっと僕の方を向く。 「あ…祐くん。お話、長かったんですねー」 …僕とひながつきあい出したのは 6月の頃だ。 つきあって 3ヶ月が過ぎた今でも、ひなは僕に対しては丁寧な言葉 づかいで話しかけてくる。つきあい出した当初は、周囲にばれないよ うに気をつかっているのかと思ったけれど、研究室のみんなに僕とひ なの関係がバレた今でも話し方はそのままなので、単に気を使ってい るだけらしい。僕としてはもちっと気楽に話してくれてもよいとは思 うけれど、やたらテレつつ「祐くん」と呼んでくれるのも捨てがたい ので、とりあえずこれでもよいことにしている。 「あー、うん。お互い白熱しちゃってねぇ」 と、こう返してから、ひなの言葉に含まれているあるニュアンスに 気付く。もしかして…。 「…って、ひな。なんか僕のこと待ってた?」 「あ…えーと」 ちょっと赤く染まった頬に人差し指をあてつつ、ひなは目をそらす。 『そういうポーズをとるから、ひなは幼く見えるんだぞ』と言いたく なるけれど、これはこれでかわいいので何も言わないことにする。 「特に用事があったわけじゃないんですけど、声かけてから帰りたい なぁと思って…」 そういえば、ひなって毎日帰るときには僕に声かけてるなぁと思い あたる。お互い一応大人なんだし、そんなことをあまり気にする必要 はないんだけどなぁと内心苦笑して、その苦笑を押さえるためにふっ と息を吐いてから、ひなに告げる。 「そか…じゃ、僕ももう帰ることにするから、いっしょに行こうか」 僕らの居室のある建物から正門に向かう道は、いちょう並木になっ ている。街灯の光を浴びてうかびあがるいちょうの葉はかなり色づい てきているようだ。さくさくと、落ちはじめている葉を鳴らして歩き ながら、ひなが口を開く。 「…すっかり秋って感じになりましたねー」 「そうだなぁ。もう10月だもんなぁ」 僕はちょっと嘆息してから、さらに続ける。 「…なんか夏はあっという間に終わった気がするなー」 「なんか、二人とも忙しかったですよね。 祐くんは学会発表の準備があったし、わたしは院試だったし」 「すっかり、いつもの夏と同じ生活だったからなぁ。やっぱ、夏の間 に二人で海とか行きたかったと思わない?」 僕はそう言いながら、落ちてきたいちょうの葉をぱしっと掴む。 ひなはくすっと笑ってから、僕の方を見上げて言う。 「でも、これからもいっぱい機会あると思いますよー」 「…そう言いつつ毎回毎回夏は忙しかったりして」 「うう (^^;」 何か状況を想像してしまったのか、ひなは考えこむように黙ってし まう。右手の握りこぶしを口にあててる姿はかわいいけれど、なんか いじめてるみたいなので、ひなの頭を右手でぽんぽんと叩きながら、 僕は言った。 「ま、来年もいろいろ忙しいだろうけど、今年ほどじゃないだろうし、 ちょっとした隙をみつけて、二人でいろんなことをしようよ」 「…なんか、すごく子供あつかいされてる気がしますー」 僕の右手を両手でおさえて、ちょっとむくれてひなが言う。 矛先をそらすように、僕は、ある事実を口にする。 「ところでひな、もう駅についたけど……帰らないの?」 「…あっ!」 どうやら、ぜんぜん気付いてなかったようだ。 しかし、僕の予想に反して、ひなはまた考えこむようにうつむく。 ちらっと僕の顔を上目づかいで見る。また、下を向いてもごもごと何 か言おうとする。そして、僕の方を見上げて、ちょっと頬を赤く染め ながら言った。 「あの、今日は……祐くんの部屋に行っちゃだめですか?」 * * * 僕の部屋にひなが泊まるのはもう何度目の事だろうか。 とりあえず腹が減っていたので、家にある材料を使って軽い料理を 作ることにする。僕は東京に出てきてからずっと自炊しているし、ひ なも自炊なので、二人並んで料理することにした。 「しかし、二人並んで料理するには狭いよなぁ」 「でも、一部屋のアパートなんだからしかたがないと思いますよ」 「やっぱ 2DKくらいの部屋に住みたいよなぁ」 「家賃が大変ですよー」 「…そうだ、二人でいっしょに住むことにして部屋借りようか。そし たら家賃も楽だしー」 僕のちょっと冗談めかした一言に反応して、ひなの頬はてきめんに 赤くなり、じゃがいもの皮を剥く手の動きが怪しくなる。こういうひ なを見ているのは楽しいけど、ちょっと包丁が危ないので、冗談だよ と言って、落ちつかせようとする。 「そっ、そうですよね……もう、びっくりしましたよぉ」 おちつこうと深い息をついているひなを見て、僕はぽそっといじわ るな--でも、決してウソではない--言葉をつぶやく。 「でも、ちょっとは本気だから、できれば考えといてね」 「…え?」 「お、剥き終わってるじゃん」 僕は、ひなが尋きかえしてきたのをあえて無視して、ひなの手もと からじゃがいも 2個を奪い、さくさくと角切りにする。そして、味噌 汁を作っている鍋に入れ終わったのちに、「ん?なに?」とちょっと いじわるく逆に尋きかえしてみる。 「あっ、ううん、なんでもないですー」 予想どおりひなはなんにも言えなくなる。 ご飯・じゃがいもの味噌汁・ほうれんそうのおひたしの夕食を食べ 終わった後、後かたづけをしようとするひなに、 「僕が片付けておくから、先にお風呂入っちゃっていいよ」 と言って、先に風呂に入らせることにする。僕の髪だったら、洗っ たあとタオルでがしがしっと拭けばほとんど乾くけど、ひなの場合は そうはいかない。先に入ってもらったほうが、僕が入ってる間に髪を 乾かす時間がとれる、ということだ。 ひなが上がったころに終わってればいいやと、のんびり鍋や茶碗を 洗ったり、テーブルを拭いたりしていると、ひなが風呂からパジャマ 姿で出てくる。 「はー……おふろ、気持ちよかったですー」 と言うひなは、シャワーの熱気で頬をほてらせてるのと、パジャマ 姿があいまって、いつもよりちょっと幼く見えてかわいい。 そんな些細な事に幸せを感じつつ入った狭いユニットバスの中で、 僕は、さっきひなに言った冗談--いっしょに住まない?--を思い出す。 (二人で住める広い部屋に引越せば、風呂も広くなるから、そしたら いっしょに入ったりできるんだよなー) そして、二人で風呂に入っている光景を想像してしまうけど、すぐ に、我ながら不健全だなぁと苦笑してしまう。そのあと、雑念を追い はらうようにざぱざぱと大ざっぱに身体を流し、さっさと風呂を出る ことにする。そうやって焦ったせいか、僕が風呂から出たとき、ひな はまだ髪を乾かしている所だった。 「あ、早いですねー」 僕としては苦笑するしかない。そして「ちょっとね」と言葉を濁し て、ドライヤーとブラシを使うひなを眺める。 「はー、いつ見ても大変そうだよなぁ」 「ふふふ」 ひなは軽く笑って、机の上にのせている鏡に視線を戻す。 僕がベッドに腰掛けて、ひなが髪を乾かしているのをじーっと見て いると、ひなが視線に気付いたのか、ちょっともじもじして言う。 「な、なんか、じーっと見られてると気になりますよぉ」 「んー、いや、かわいいなぁと思ってねー」 「あうぅ」 結局、髪が乾かし終わるまで、僕はずっとひなを見つめていた。 * * * 「はい、終わりましたー」 ドライヤーをかたづけたあと、ひなはそう言って、僕のとなりにぽ んと座る。そして、ぽてんと僕によっかかって「ふふっ」と笑う。 「どした?」 「おっきいなって思って」 実際のとこ、僕は身長 173cmで体重65kg程度なので、小さくはない けど、間違っても大きいとは言えないだろう。 「…ひながちっちゃいだけだって」 そう言って、僕は、ひょいっとひなを持ちあげて、僕の脚の間のス ペースにぽすんと座らせる。そして、ひなの脇から両腕を前に回して、 ひなのおなかのところで両手を組み、上半身をひなの背中にのしかか らせるようにして、軽く体重をかける。 「ほら、ぎゅーっ」 「やーん、重いですよー」 ひなはくすくす笑いながら、身体をゆらして逃れようとする。僕は 逃げられないように、上半身をさらにひなによりかかからせる。する と、ひなの頭が僕の顔の真下に来る。ひなの洗いたてのやわらかな髪 から、僕がいつも使うシャンプーのにおいがする。 「僕と似たような匂いになっちゃってるなぁ」 「同じせっけんやシャンプーですからー」 「…なんか、ちょっとつまんないかも」 ひなは首をそらして顔を真上に上げ、『しょうがないなぁ』とでも いいたげに僕を見上げる。その瞬間を狙い打つように僕はおでこに ちゅっとキスする。 「ひゃんっ」 ひながびっくりして声を上げるのにかまわず、その小さな耳のあた りに唇を走らせ、ちゅっと口づける。ひなはびっくりしたようだった けど、いろんな所に口づけてゆくうちに、黙って僕の唇を受けいれる ようになる。僕は、ひなのその小さな身体をすっと横を向かせ、こん どは顔の正面から唇にキスする。最初は軽く唇を重ねるだけだけど、 いつしか深く舌をからめあうようになる。 しばらくお互いの舌を味わってから唇を離すと、ひなと僕の唇の間 に光る橋がつうっとかかる。ひなは、キスだけでのぼせたのか、肩か ら僕の胸にもたれかかってくる。目の前のやわらかな髪に鼻先をうず めながら、僕はひなの唇を親指ですっと拭って言う。 「きもちいい?」 「…うん」 僕はひなを軽く抱き締め、鼻先をひなのうなじによせる。 「ん…ちょっと僕と違う匂いになってきた」 「…やん」 もう一度唇を軽く重ねてから、ひなの意志を確認するようにその瞳 をじっと見つめる。ひなは赤くなりながら、こくんとうなずいた。 * * * 「ほら、ひな、くちゅくちゅって言ってるよ?」 「あ、あふ、あ、いやぁ、そ、そんなこと…」 僕は、ひなの『中』にさしこんだ人さし指と中指を交互にぱたぱた と動かしつつ抜きさしする。僕の声と、ひなの吐息と、シーツのすれ る音以外に音のなかった部屋に、新たにぐちゅぐちゅっと水音が響き、 ひなが溢れさせる蜜が、僕の手とベットのシーツを濡らしてゆく。 「あ、あ、あっ、ゆ、祐くん、だめっ、だめっっ」 僕が、ひなの『中』こすりつけるように指を突きこむたび、ひっか くように引きぬくたびに、ひなはあられもない嬌声をあげる。 「ひなってほんとに濡れやすいよる。ほら…シーツまでびしょびしょ になっちゃってる」 はっはっと荒い息を吐きつつ、ひなは僕の言葉に答える。 「あっ、えっ、うそっ、うそっ!」 「ほんとだよ、ほら」 と、僕はちょっとだけひなの体をずらして--無論中に差しこんだ指 はゆるやかに動かしながら--ひなにシーツにできたシミを見せてみる。 ほんと、我ながらいじわるだ。 「あ……ううっ、ご、ごめんなさい…ああっ」 ひなははずかしそうに顔をぱっと横にそらす。そんな彼女に、僕は ちょっと微笑んで、そのかわいい唇に唇を重ね、そして言う。 「いーよ、こんなかわいいひなが見れるんだからさ。…もっともっと 溢れさせて、ひなの匂いを僕の部屋にいっぱい残していってよ」 そして、ぷちゅぷちゅという、ぬめる液体の中の気泡がはぜるいや らしい音を部屋全体に響かせるかように、僕は、右手の二本の指の動 きをさらに激しくする。 「ん、ん、ん……ゆ、祐くんッ!…だめッ!…は、激しすぎっ!」 たまらずひなは僕の手を押えようとするが、僕はそれを避けつつ、 さらに左手と舌まで動員して、ひなのかわいい肉色の真珠をくりくり といじめる。 「あっ……っ、ゆうくんっ、そんなに…もう、だめっ…わたし、イっ ちゃうよぅ…あっあっ…ああっ」 ひなの声はどんどん甲高く細くなり、身体を反らせて全身を震わせ ている。ひなの全身から力は抜けかかっているのに、『そこ』だけは 僕の指をぎゅっと力強く握り締めていて、まるで「放したくない」と 言わんばかりだ。 そろそろかな、と、僕は両手と口を休ませ、ひなの顔を見つめる。 それまで目を閉じて僕の愛撫を受けていた彼女は、その小さな身体か らすると意外なほど大きな胸を荒い呼吸で上下させながら、恍惚でと ろんとした瞳で僕を見つめかえしてくる。 「ふう……ふう……」 ひなの息が荒い。急に愛撫が止まってしまい、『どうしたの?』と 言っているような瞳。僕は声に出して、ひなに問いかける。 「ひな、ほしい?」 通常の状態であれば、こんな問いには恥じらってしまって、まとも に答えられないひなだが、すでに快感で理性が蕩けてしまっている今 は、真っ赤な顔をしつつも素直に答えてしまう。 「うん……祐くんが…ほしい……っ」 僕は「僕の何が欲しいの?」と意地悪く聞き返そうかとも思ったけ ど、そんなひなの様子を見ているだけって事に僕の方が耐えられそう もなかったので止めることにする。 そして僕は、ベット隣の机からゴムを取りだし、できうるかぎりぱ ぱっと装備して、ひなの中に入ってゆく。 身体が小さいせいか、ひなのそこはとても狭いけれど、でも、期待 にぬるぬるに濡れそぼり、たっぷりと蜜をたたえ、僕自身をやわらか くにぎりしめて受けいれてくれる。 僕は、先を軽く挿れただけで、気持ちよさにぼおっとしそうになり ながらも、僕自身をひなの奥まで一気に届かせる。すると、 「あ、あ、あっ、あっ……!……っ!」 感きわまったかのような声をひなが上げる。 「ひな、大丈夫?」 「あっ、んっ、うんっ……き、きもち…いい……の」 そう言ってひなは、力の抜けかかった両腕を僕の首にうしろにまわ し、きゅっとしがみついてきた。どうやら軽く達してしまったようで、 息が荒い。しばらく後、僕の首に回した両腕からふっと力を抜いて、 ひなは僕の頬に両手をあてて言う。 「…うん、だいじょうぶ…祐くん…して……」 僕は、そんなひなをとてもいとおしく思い、ゆっくりと動きながら、 ひなの朱ののぼった頬、その横の小鼻、鼻梁、そして、軽く閉じられ たまぶたや、かわいい耳たぶに口づけてゆく。 「……ん……んん……ん……ふっ……」 僕の腰の動きに合わせて、ひなの白くやわらかい乳房がたふたふと 揺れ、また、それに合わせるようにひなが甘い息を漏らす。僕が突き 込むたび、ひなが声をあげるたびに、煮つめたメイプルシロップをた たえたようなひなの蜜壷が、僕自身をリズミカルににぎりしめる。 「…ひなのここ、きゅっきゅって、なってるよ」 「ああ、や、は、はずかしいですっ」 「でも、気持ちいいんでしょ?」 「うんっ、うんっ…っ!」 ひなのその姿に頭が熱くなって、より深く快感を得ようと僕が動き を早めると、ひなは、それまでシーツを掴んだり自分の口の前にもっ ていったりしていた両手を僕の首の後にまわしてしがみつき、また甘 い声を漏らしてゆく。 「…ゆーくん、…ん……」 熱にとろけきった甘い声で僕を呼んで、僕の唇や歯をなぞるように、 小さな舌を伸ばしてくるひな。僕は彼女の希望に応え、きゅっと抱き しめて深いキスをする。 「ん…」 「ふっ…」 どちらからとなく唇を離したあと、僕もひなも息を漏らす。 そのままゆるゆると動く。深く浅く、強く弱く……。 「…よっと」 ひなの背中と腰に手を回して持ちあげ、僕とつながったまま僕の腰 の上に座らせて対面座位の形になる。かなり身長差があるので、僕の 上に座っていても、ひなの顔は僕の顔よりちょっと低いところに来る。 ちゅっと軽くくちづけて促すと、ひながおずおずと不器用に自分から 動き出す。 「ん、祐くん……どうですか?」 「うん、気持ちいーよ」 「じゃ…もっと…しますね」 僕の肩に両手を置いたまま、ひなは、前後左右に擦りつけるように、 そして上下に出し入れするように動く。動きに合わせてひなの胸がや わらかくゆらゆらと揺れる。僕は、彼女の腰に回していた左手をはな し、親指で彼女のピンク色の『先っぽ』をくりくりといじりながら、 やわらかなふくらみをやわやわといじる。すると、ひなが鼻を鳴らす ように甘い息を漏らす。 「ぅん…あ」 だんだん積極的になってくるひなの動きに合わせて、僕も下から腰 をつきあげるように動く。ひなを乗せて座っているせいで、そんなに 激しい動きはできないけれど、それでも二人のタイミングが合うと一 瞬気が遠くなるほどに気持ちがよい。 「祐くん、ゆうくん……わたし……」 ひなが、ゆるやかな動きをむずかるように、求めるように、そう漏 らすと、僕自身も耐えられなくなって、ひなをまたあおむけに横たえ、 激しく奥深くに突き込んでゆく。 「あ、あ、あ、あッ」 僕自身を激しく突き込んで膣奥をくじるたびに、また、きゅっと引 き抜こうとするたびにひなは嬌声を漏らす。僕をにぎりしめるそこは もうじゅくじゅくに潤っていて、動かすたびに水音が漏れる。 「あ、あ、ゆうくん、わたしつ、わたしっ」 「くっ、ひなっ……っ」 「あ、あ、あ、ああ、ああっ!……ーーーーーーーっ!」 「ううっ!」 か細く高い声を上げてひながぎゅっとしがみついて絶頂を迎えたと き、僕もひなの奥で、薄いゴムの皮膜の中に僕自身を解き放っていた。 しばらく僕にしがみついたり、力を抜いたりして、余韻に浸ってい たひなだけれど、ちょっと後にぱたりとベッドに倒れ伏した。そして、 枕に顔を押しつけるようにして呼吸をととのえてから、そのままの姿 勢で僕の方に視線を走らせ、ちょっとテレながら言う。 「…なんか、シャワー浴びたあとなのに、汗かいちゃいました」 「うん、ひなの匂いでいっぱいだ」 「…うー、いじわるですー」 ひなは真っ赤になって、まくらでぽかぽかと僕を叩く。 その日は、二人でさっとシャワーを浴びた後、ひなの匂いがいっぱ いするベッドで、僕と同じ匂いのひなといっしょに眠った。 * * * その次の日の朝、大学の正門前で『事件』は起こった。 結局僕の部屋に泊まっていったひなといっしょに、二人で研究室に 向かっていたのだが、ちょっと速足で僕らの横をすれちがっていった 女性が、立ちどまって僕に声をかけてきたのだ。 「あれ?祐兄?」 僕は「?」と思ってふり向く。そこに立っていたのは、背が高くて、 黒くてさらさらの長い髪が印象的な娘だ。顔を見ると、なにやら見覚 えがあるような気がする…と、ほんの数瞬後に、その娘が古くからの なじみの娘だということに気がついた。 「…え、小夏か?」 「うん、そうだよー。やっぱ祐兄だったね」 と、にぱっと笑う。最後に会ったのは 2年前なのだが、それでもそ の時と比べて大人っぽい感じになっている。まぁ、僕と 7歳違いとい う小夏の年頃を思えばある意味当然とも言えるのだが。 しかし小夏は、彼女の家のちょっと特殊な『仕事』の関係上、高校 に行かなかったし、もちろん大学に縁があるとも思えない。そのへん を疑問に思って質問してみると、 「うん、仕事だよ。… 今は『祐兄はここの大学だったっけ』とか考 えて、門の前でぼーっとしてただけだったけど」 と、また、にぱっと笑う。 小夏は普通にしてればお嬢様みたいなのに、こんなふうに無邪気に 笑うところを見ると、ほんとうに小さい頃から変わらないなぁと嬉し くなったりする。しかし、彼女が『仕事』--実は、僕も東京に来る前 は同じことをしていた--をこの近所でやるというのがひっかかったの で、僕はさらに問いかける。 「このへん、何かあったか?気付かなかったけど」 「今回は祭祀的なものだから、具体的に何かがあったわけじゃないよ」 僕の質問の意図を察したのか、小夏は、左手をぱたぱたと顔の前で 振りながら答える。 「…って、やっぱ祐兄もそっちの方は今でもやってたりする?」 「まぁ、片手間にね。『あれ』は天馬君に渡しちゃったから、そんな に大したことができるわけじゃないけど…と、そういや天馬君はど うしてる?元気か?」 「あはは、元気でやってるよー。あれからは『きちんと使えるように ならないとー』なんて言ってがんばってる。まだまだだけどね」 「うーん、なんか天馬君らしいなぁ」 「うん、そうだね」 と、僕と小夏がやたらと指示代名詞の多い会話をしていると、僕の 横にいたひなが、ちょっと怒ったような表情をして、僕の脇腹を指先 でつんつんとつついてくる。 (…あ、ほっぽっとかれたからちょっと怒ってるかな?) と、僕はあわてて双方にそれぞれを紹介する。 「ええと、この娘は天童小夏っていって、まぁ…幼なじみかな。で、 ええっと、たしか、小夏は今年で18歳になるんだっけ?」 「うん、そうだよ」 と、小夏は僕に軽く答えてから、ひなの方に向きなおってきちんと 自己紹介する。 「えと、私(わたくし)、天童小夏と申します。 学生ではなくて、巫女というか、そういう職についております」 「で、こちらは南方さんって言って、えーと、僕の…彼女ね」 他人に自分の彼女を紹介することがくすぐったくて、ちょっとテレ の入った僕の紹介を受けて、ひなが小夏に自己紹介をする。 「あ、南方ひなです。こちらの祐く…じゃなくて、葛木さんと同じ研 究室に所属している大学 4年生です」 言いおわって、さらにぴょこんとおじぎをする。 「あ、大学 4年生なんですか。 なんか『私と同い歳くらいかな?』とか思っちゃいましたよー」 おじぎをしたときに「ひならしいけど、大学 4年生には見えない行 動かなぁ」と思ったのだけれど、どうやら小夏も同じように思ったら しい。実のところ、外見的には小夏は年相応に見えるのに対して、ひ なは顔つきが幼く見えるし、小夏との身長差は20cm以上あるので、小 夏の方がひなより年上に見えたりする。 「でも、祐兄の彼女ですかぁ…祐兄ってけっこう強引なところがある から、大変じゃないですか?」 「え?そんなことないですよー。 …どっちかというと、わたしが迷惑かけてばかりだし…」 からかうような小夏の質問にも、ひなは素直に答えてしまう。 「おーい、小夏、何てことを言うんだ、人聞きの悪い」 「だってー、あたしだっていろいろ苦労したもん」 と、僕をいたずらっ娘のような瞳で見る小夏だが、思いあたること はある僕はうまく反応できずに憮然とするしかない。 「…昔の話だろ、昔の」 「でも、当時のあたしはいたく傷ついたんだよー」 だんだん話がまずい方向に進んでゆく。ふと隣を見ると、機嫌をな おしていたひなも、またちょっと不機嫌っぽくなってきているようだ。 僕はとりあえずこの場を納めるために、最初小夏が急いでいたっぽ いことを思い出して、その事について指摘することにした。 「なぁ小夏。時間の方はいいのか?」 言われて、小夏はあわてて時計を見る。 「…あ、やば、行かなきゃ。そうそう、あたし明後日まですぐそばの 神社で仕事してるから、なんか用があったら呼んでね。じゃっ♪」 と、小夏はあわてて去ってゆく。 後に、僕と、不機嫌なひなを残して。 去りゆく小夏の背中を見ながら僕がため息をついているうちに、ひ なはすたすたと校門の中に入ってゆく。あわてて追いかけて、ひなの となりに僕が並びかけたとき、ひなは僕を強い瞳で見つめて言う。 「…仲いいんですね」 「やっぱり怒ってる?」 「怒ってなんかいませんよ」 ひなはそう言って、こんどはそっぽを向いてしまう。 (うう、充分怒ってるよ…) と、思ったが、もちろんそれは口には出せない。 「小夏ちゃんって、美人だし、おとなっぽいし…わたしなんかと大違 いですよね…わたしなんか……中学生みたいだし……」 「いや、それは…」 ひなの口調がどんどん沈んでゆく。そして最後に、ほとんどつぶや くような感じで、僕の痛いところを突く質問を言った。 「小夏ちゃんって、祐くんとは幼なじみなだけだったんですか?」 実のところ、僕には小夏に対する負い目と、できればひなに話した くない過去があるのだ。そのせいで僕は一瞬答えるのを逡巡してしま う。そんな僕を見てひなは、一瞬悲しげな表情をひらめかせたあと、 強く僕を見つめ、そして有無を言わせぬ口調で、 「…先に行ってますね」 と言って、すたすた歩いていってしまう。 …僕は本当に途方にくれた。 * * * ひなは、研究室でもずっとぴりぴりした状態のままだった。 夕方になって、ひなが僕に何も言わずに研究室を出ていくと、今日 はまだ研究室に残っていた水無月君が僕に話しかけてくる。 「な、なんか今日は緊張しましたよー」 水無月君の机はひなの隣なので、『被害』が大きかったようだ。 「ほんと、迷惑かけちゃってすまないなぁ」 「あそこまでぴりぴりしてる南方さんを見るのははじめてなんですけ ど、葛木さんと何かあったんすよね?やっぱ」 彼の指摘の正しさに僕は苦笑いするしかない。 彼は 1年生の時からひなとそれなりに言葉を交わしていたそうで、 その分だけ言葉には重みがある。実は、ひなとつきあい出した後に、 彼と一緒に飲みにいったとき、「実は狙ってたんですが、あはは」と 僕に妙にさばさばした調子で言ってきたこともあったりする。少々ヘ ンなノリだが、いいヤツという感じだ。 「うーん、まぁ…早いうちになんとかするよ」 「たのみますよー。彼女があんな状態だと、研究室に来るのが憂鬱に なりそうっすから」 と、苦笑して、水無月君はカバンを持って研究室を出ていく。 僕以外誰もいなくなった居室で、僕はひとりつぶやく。 「…ほんと、なんとかしなくちゃなぁ」 こんな精神状態では、けっこうせっぱつまりつつある論文誌投稿の 準備もどうにも手につかず、僕もさっさと帰る事にする。 大学の門を出て、買物客で賑う駅前を通り抜け、暗くなった帰り道 をふらふらと自分のアパートに向かいながら、いろいろ考えてみる。 僕の小夏の間に、ひなが心配するような事があったわけではない。 ただ、僕に「そういう事」とは違う小夏に対する負い目があるだけだ。 でも、そうなるに至った事情を伝えると、ひなはどう思うだろうか… 結局、最初にひなに聞かれたときに逡巡してしまったのと同じ理由で 僕の思考は止まってしまう。 (はぁ) ため息が出る。 出口が見えない思考に耽るうちに、いつのまにか辿りついていた自 分のアパートの階段を、ため息をつきつつ登る。 と…僕の部屋の前に誰かがいる。ドアに背を預け、いわゆる「体育 座り」のように膝を抱えて下を向いている。僕の足音に気がついたの か、僕の方をそのままの姿勢でちょっと見上げ、また視線を戻す。 「…そんなとこに座ってると、体冷やすよ、ひな」 「……うん」 ひなは、あまり元気のない沈んだ声で応える。研究室で僕に怒って いたときとぜんぜん違って、ひどく落ち込んでるように見える。ひな をこんな表情にさせてしまうのも、今朝のように笑顔にさせるのも、 僕次第なのだろうか。だったら…と、僕は覚悟する。 「部屋、入って。話すからさ、小夏とのこと」 「…うん」 ひなは、暗い表情のまま、僕のあとから部屋に入る。 部屋の中の小さなテーブルの前にひなを座らせてから、とりあえず コーヒーを煎れに台所に立つ。準備している間、ひなは無言だった。 下を向いている彼女の前に、コーヒーの入ったマグカップを置き、 僕もカップを手にしてひなの斜め前に座る。さすがに、ひなを正面か ら見つめて話せるかどうかは僕にもわからなかった。ブラックのコー ヒーを一口すすり、僕はとりあえず口を開く。 「何から話せばいいかな…」 話すことに決めたけれど、でも、僕の頭の中は整理しきれていたわ けじゃなかった。だから、ゆっくりと話す。 「僕と小夏は本当に幼なじみだけど…婚約者同士でもあったんだ」 ちょっと顔を上げて、ぼそぼそっと話す僕を、上目づかいで見つめ ていたひなの瞳がぱっと見開かれた。僕は続ける。 「小夏は巫女のようなことをやってるって言ってたろ?うちの家も、 小夏の家--天童家に連なる『そういう』家で…『血』を保つために、 あいつは産まれる前からうちの家に嫁ぐことに決まってたんだ」 ひなは無言のままだ。僕は話を続ける。 「婚約者といっても子供同士だし、あいつの兄貴と僕は親友で、小夏 も僕の妹の…奈月と歳が近いせいか仲がよくてさ、なんかみんなで わいわいやってて、ほとんど 4人兄妹って感じだった」 ひなには僕に妹がいたことを伝えていなかったので、奈月の名を出 したときに、ひなはちょっと不思議そうな顔をした。その反応にはか まわずに、僕は話を続ける。 「あいつ--小夏が10歳になった時かな、『仕事』でも僕とコンビを組 むようになって、二人で日本中かけまわってたんだ」 その頃を思いだしてくすりと笑う。あの頃は楽しかったから。単純 に自分が「強い」と信じていて、妹も、妹みたいな婚約者も、誰でも 守れるなんて思ってた、そんな頃。でも…。 「でも、僕が18の時、『事故』で、うちの両親と、そして、奈月が… 亡くなってね。僕も小夏も、助けられたかもしれない奈月を…助け ることができなかった…。小夏の目の前で、僕は…奈月を…」 僕の声が微妙にふるえる。かなり立ち直ったつもりでいたけれど、 小夏と僕がもうちょっと早く帰っていれば何も起こらずに済んだであ ろうその『事故』は、当時の僕と小夏をどん底に叩き落とたただけで は飽き足らないかのように、今でも僕の心の傷をうずかせる。 「ゆーくん…」 表情にもそんな気持ち出ていたのだろう、僕を見てひなは、『もう いいよ』って意志を込めるかのようなかぼそい声で僕を呼ぶ。でも、 僕は話を続ける…。 「小夏はまだ11歳で…親しい人の『死』を目の当たりにしたショック で、笑わなくなった。僕も、両親も、妹まで亡くして…守らなきゃ いけなかった『家』もなくして、何も守るものがなくなって…」 「…それで、東京に来たんだ。大学入学資格は持ってたから、とりあ えずは大学に入ることにしたんだ。自分がこれからどうするかを見 つめるために、ね」 苦笑いしてから、視線を上げてひなの顔を見る。ひなの表情はなん だか微妙でよくわからない。また視線を下に戻して僕は続ける。 「でも、結局、あの時の僕は傷ついてる小夏を見捨てて逃げただけだ んだよな。だから、僕には小夏に対する負い目がずっとあって…」 「でも、あいつと 2年前に再会したとき、そんなの関係ないって笑っ て、僕をまた『祐兄』って呼んでくれたんだ、あいつ」 顔を上げ、ひなを見つめる。 「二人とも、ままごとみたいな婚約者同士だった時より大人になった んだけど、あいつとはやっぱり兄妹みたいなものなんだよな」 「…でも、ちょっと負い目は残っててさ…それで朝、ひなにどういう 関係なのかって尋かれたときにすぐ返事できなかった…ごめんな」 ひなが首を横に振ると、その動きにつられてふるふると短かめの黒 髪が揺れる。黒目がちで大きめな瞳はちょっと涙目だ。やっぱり話が 重かったんだろう。ひなのことだから、僕にこんな『過去』を話させ てしまったことを後悔してたりするんだろうか。 「わたしの方こそ…ごめんなさいです。ヤキモチやいて、祐くんにひ どい態度とって…つらい話までさせて…」 あ、やっぱり気にしてる…。 僕は、ひなの頭に手を伸ばし、ぽんぽんと叩く。 「いつか話そうとは思ってたから、いいよ」 手をそのままひなの頬に下ろしてゆき、すべすべの頬をなでる。 「僕がやってた『仕事』は…きっとひなは知らない方がいいと思うか ら話せないけど、でも…信じてほしいんだ。ひなに対してやましい 事はなにもないよ」 「うん…信じるよ」 「だから、ひなには元気で笑っていてほしいな。今の僕の元気の源は ひななんだからさ」 ひなの小さな頭に手を戻し、そのやわらかな髪をちょっと強くかき まわす。ちょっと迷惑そうでくすぐったそうな、でもちょっとうれし そうな顔をして、彼女は僕を上目づかいで見上げてくる。 その微妙な表情の変化を見て、ちょっと暗くなってた気分から回復 できた僕は、ちょっと意地悪く笑ってひなに話しかける。 「ま、親しそうにしてるからってヤキモチ焼くよりさ、ひなももっと 遠慮なく僕に話せばいいんだよね」 「え?あ、あはは」 ひなはちょっとあせる。やっぱりちょっと気にしていたらしい。 「ま、徐々でいいからさ。…これからだろ、僕らはさ」 「うん…そうですね」」 「『そうですね?』」 「あ、あはは……そ、『そうだね』……かな?」 そして二人で笑いあう。 僕とひなの初のトラブルはこうして幕を閉じた。 * * * 次の日の朝、ひなと二人で大学に向かう。 大学に向かいながらも、ひなの「練習」は続いている。…昨日はあ れから、ひなといろんな話をした。その間中ひなは、無遠慮になりす ぎないように気をつけながら、以前よりも対等な感じで話そうと努力 していた。律義すぎるとは思うけれど、そんな一生懸命な彼女がほほ えましくもある。 僕らが正門前に近づくと、見覚えのある姿が見えた。小夏だ。昨日 と違い、どこか人待ち顔で門柱に背を預けている。近寄ると僕らに気 付いて手を振ってくる。あいかわらず元気だヤツだ。 「おはよ、祐兄と…ええと、南方さん」 「あ、名前で呼んでいいですよー。 なんか『さん』付けで呼ばれても、ちょっと違和感あるし」 ひなは、手を横にふりながら、軽い感じで小夏に答える。小夏に対 するわだかまりがもうないようだ。 小夏は右手の人差し指を立てて顎にあて上を向き、「んー」としば し考えてから言う。 「じゃ、祐兄の彼女さんだから、『ひなねえ』でどうでしょ?」 小夏のノリにちょっと面くらったらしく、ひなは「ふえっ」っとな んとも言えない声をあげる。とりあえず助け船を出さねばと、小夏に 軽くツッコミを入れる。 「こなつ〜、ヘンな呼びかたでひなを呼んじゃだめだって」 でも、僕の言葉に小夏が反応するより前に、ひなはぱっと微笑んで 小夏に言葉を返した。 「あ、えと、それでいーよ。じゃ、私は『小夏ちゃん』でいいかな?」 「はーい、『ひな姉』」 「うん、『小夏ちゃん』」 そうやって、あはは、と笑いあう小夏とひなだった。 「そういや、今日はどうしたんだ? 仕事はまだあるんじゃなかったっけか?」 「えと、ちょっと早めにカタがついて、今朝で終わっちゃったんだ。 んで、ここで迎えを待ってるところ」 「迎えって…あ、天馬君だな?あいかわらずいちゃいちゃしてるなぁ」 「いちゃ…って、違うよー、そんなんじゃ…あうー」 盛大にテレる小夏を見て、ひなはちょっといたずらっ子のような表 情をひらめかせ、ちょっとだけいじわるく笑いながら小夏にツっこむ。 「あ、その『天馬くん』って、小夏ちゃんの恋人なの?」 「あーうー、実は片思いで…って何言わすんですかー」 びしっと右手でツッコミを入れつつテレ笑いする小夏を見て、僕と ひなは顔を見あわせ笑う。昨日の事があった後だから、こんなちょっ とばかばかしいけど、ほのぼのと、あったかいやりとりが嬉しい。 「おっと、そろそろ行かないと輪講に間にあわないな」 「うん、祐兄…またね。ひな姉となかよくねー♪」 「からかうなって」 僕はぺしっと小夏の頭を叩く。必要以上に痛がって笑っていた小夏 は、ふっと真剣な顔になって僕を見つめて言う。 「…もう逃げちゃだめだよ」 短いけれど、深い意味をこめられた言葉に、僕も真剣に返事をする。 「…ああ、もちろん」 そして小夏はひなの方に視線を移し、正面から向きあう。 「祐兄のこと、よろしくおねがいしますね。 あ、そうそう、祐兄の弱点なら聞いてくれれば教えますから♪」 「あはは…小夏ちゃんこそ、天馬くんのこと、がんばってね」 「あうー、ひな姉がいじめるー」 ひなの言葉に頭をかかえながら、また笑う小夏だった。 * * * 「なんか、小夏とノリが合ってたなぁ」 小夏と別れ、ひなと二人で歩きながら、大学の門から研究室のある 南地区へ向かう途中、僕はひなにそう話しかけた。 「うん、そーだね。 話してみれば、あんなにいい娘なのに、なんで昨日はそういう風に 見れなかったのかなぁ…だめだなぁ、わたし」 言葉を続けるうちに、ひなはちょっと暗くなりかける。 「そんなこと気にしちゃだめだって、 これから小夏と仲よくなっていけばいいだけだと思うよ、僕は」 僕は、軽く笑いながらそう言って、さらに『気にしないように』と いう思いを込めて、ぽんぽんとひなの頭を軽く叩く。ひなの、つやか かでさらさらの髪が揺れる。 「うん、そだね。 …秘かに小夏ちゃんに連絡先を教えて貰ったし、これからこれから」 「おおっ、いつのまに」 二人ともそんなそぶりは見せてなかったので僕はびっくりした。そ んな僕を見てひなは、いたずらを思いついた子供のような表情で僕を 見て、たたっと軽く走ってこっちを向いて言う。 「小夏ちゃんに、こっそり祐くんの弱点を教えてもらおっと」 「昨日、『信じる』って言ったじゃないかー」 「それはそれ、これはこれですよ♪ ふふっ」 と、またいたずらっぽい笑顔で笑う。 今まで、ひなのこういう表情はあまり見たことがなかった。やっぱ り「つきあってる」といっても、遠慮がちなひなのことだから僕に遠 慮してたのだろう。 今回の『事件』は、僕とひなの関係にちょっとした波風を起こした けれど、伝えたくて伝えられずにいたことを、ひなにやっと言うこと ができたことと、僕らの関係がちょっと変化できたことを考えると、 むしろこんな『事件』が起きたことに感謝すべきかもしれないと思う。 僕もひなもやたらと恋愛に不器用で、これからもいろいろあるだろ うけど、まぁ、こうやって一歩一歩進んでいければいいんだろうな。 「祐くん、輪講に遅れちゃうよー」 ちょっと思考に耽っていた僕にひなが声をかけてくる。 僕は「うん」と返事をして、たたっと走ってひなの横に追いつき、 いっしょに研究室に急ぐ。 これからだよな、ひな。 一歩一歩、ゆっくり進んでいこう。 おしまい